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​原告の訴え

1 はじめに
 

 私は在日韓国人3世です。2002年2月15日からフジ住宅株式会社にパート社員として入社しました。
 

2 会社で配布されている資料、それに対する想い
 

 私は今、とても不安と恐怖を感じています。
 なぜなら、人生の中で多くの時間を過ごす場である会社で、業務とは全く関係のない政治的・思想的な署名活動や、特定の方向性を色濃く反映した情報や勧誘(中にはデマや差別的表現を含めた情報や特定の主義主張が掲げられており、また、そこへの賛同を事実上強要するような呼び掛けもあります。)を受容させ続けられているからです。
 私だけではなく、会社という場で、時間を共有し、互いを思いやり、違いや考えを知って共有するはずの友人や同僚らもそうです。中には、会社が現在繰り広げている「在日」へのデマなどを、何の抵抗もなく信じ、勧められるままに行動し、会社に褒められることで益々そういう活動に傾倒されていく方もたくさんいて、私としては、会社と異なる考えを持ち続けることがとても負担になっています。実際、私も出来ることなら(無理なことですが)「なびけたら楽になれるのに」と思ったこともあります。
 会社では、著名人や団体などに対して、「反日・売国奴」「在日」などとして名指しで攻撃するような内容の配布物が毎日のように配布されています。また、それら配布資料への賛同の意を表明した感想文を書くことを推奨し、抗議行動(訴訟委任状を取り付けることなど)などへ参加を事実上強要しています。これは、実際にはよく知りもしない相手を自分の敵と見なして攻撃することだと思います。そんな無自覚な攻撃の対象に在日韓国人の自分が置かれているのに、何もできない自分の非力、時に感じる人への憎しみが涙や吐き気になって溢れそうになることがあります。
 会長や社長の政治的意見に同調することや賛同・共感することこそが正しい価値観とされており、会長らが発信する政治的意見への賛同の意を常に表明し行動するようにと、日常的に促されているように感じています。いつか近いうちに、私のような存在や上の人に対して賛同を示せない存在は、「経営理念の実践が出来てない」などという評価で、会社での居場所がなくなっていくかもしれません。
 私は、現在、「本名」を名乗り生活していますが、幼い頃は日本名を名乗っていました。多くの「在日」は日本名を名乗っていたり、既に日本国籍だったりします。そういうこともあって、日本人にとって「在日」は、日常では見えにくく中々気付かれにくい存在で、縁遠い存在として認知されがちかもしれません。ゆえに「在日」と知ると妙に気を遣われる存在でもある(気持ちや違いを知らないがゆえに日本人として接する、または敢えての不干渉)反面、社会的場面によっては政治や国家間の争いといった事柄が出てくると殊更、愛国心を煽って日本人の誇りを言わんがための対局に持ち出されることが多いです。
 私達は、同じく日本社会に生まれ育った存在です。ですが、会社で配布されている資料には、「政治思想家」や「愛国者」を名乗る方々が、「在日特権」の話などと繰り広げ、まるで「在日」が不正に日本に存在しているかのように書いていることもあり、そのような資料を会社で目にする度に、心が砕けそうになります。
 会社に資料配布をやめてくれと進言する勇気が無いことと、業務と関係がないのに労力と心をけずることは良くないなどと、自分に言い訳しているうちに、いよいよ会社での配布資料の内容がエスカレートしてきて、いわゆる「嫌韓本」「嫌中本」が全役職員と外部への配布のために大量に購入され、何冊か続くように配布されました。
 私は今、生活の糧を得るため、また人との社会的なつながりを求めて働いています。ですがそのような場で、前述のような資料や書籍などが大量に配布され、「在日」である身として、「同僚や上司はあのような資料・書籍についてどう思っているのだろうか?賛同しているのか?」などといった不安な考えが頭によぎり、同僚や上司からの視線や言動に対してすごく過敏にならざるをえない状態が続いています。
 年明けには、弁護士さんの力を借りて会長・社長に資料配布等をやめるよう申入書を提出しました。申入書に対しては、残念ながら、会社から丁寧な対応は頂けませんでした。申入書を出したことについても、会社の中で誰が知っているのか、申入書について会社内部でどのような会話がされているのか、されていないのかなどなど…いつも気にしつつ表情に出さないようにしつつ働いています。
 申入書を提出してから少しは変わるかと思ったのですが、相変わらず、毎日のように業務とは無関係の、会長の個人的な政治思想に傾いた配布物が大量に配られています。現在は、朝日新聞社に対する集団訴訟の原告を集めるために、従業員だけでなく協力業者さんにまで声をかけて、集めており、集まった委任状の数までもが全社員に資料として配布されています(「慰安婦強制連行」報道等、「歴史事実の捏造歪曲報道」に対する謝罪を求める訴訟のようです)。   
 会社で配布されている「従軍慰安婦」関係の配布物は、「売春婦」や「高級娼婦」といった言葉がいっぱい並び、慰安婦として働かされたハルモニ達への攻撃的な言葉に、女性としてもとても気分が悪く、また、それが堂々とすごい頻度で配布されることが普通に許容されている職場になってしまっていることがとても恐ろしいです。

 

3.会社の配布行為等について恐怖・不信感を持った契機   

 私が、会社に対し、拭い去れない不信感を持ったのは、どうしても耐え切れない内容の配布物がキッカケです。それは、悪意しか感じ取れない内容のものでした。
 2013年の5月に、ある社員が会長に進呈したもので、「マンガ日狂組の教室−学校が危ない!!」(晋遊舎ムック)という本で、その本編の中にある「サヨク教師の「特別平和授業」---- 偏向歴史教育」というものでした。題名だけでわかると思いますが、日教組を標的にし、日教組を「自虐的」教育の諸悪の根源として読者に宣伝することを目的に作られた漫画です。漫画のストーリーは、第二次世界大戦を「自虐的」に教え込む日教組の先生によって、一方的に本名をクラスで暴かれた「金さん」という女の子に「自虐的」なクラスメイトらが謝りたおすけれど、被害者にされることを拒む金さんが、自ら「強制連行はなかった、創氏改名も強制ではなかった。日本のおかげでアジアの近代化が行われたんです!」と「在日」の存在を使って日教組を叩き、「在日」の存在を使って戦争下の行為を正当化するように誘導する内容です。
 私は小学校高学年から本名を名乗るようになりました。大人になって思い起こせば、先生の中には日教組の先生が結構いたかもしれません。私よりも先生や母親の方が「本名」宣言を重く捉えて考えてくれていたようです。私が本名宣言をしたとき、クラスメイトや全校生徒の反応に、この漫画に書かれているような反応は無かったし、どちらかと言えば、「差別に負けないでください」、「ちゃんと本名を呼びたいと思います」というような言葉をもらった記憶があります。そのような経緯から、今の私にとって「本名」宣言はとても大切な礎となりました。
 そこが出発点になって、今もこの名前でまっすぐに人とつながろうと思えています。それをこんな風に、日教組や「自虐史観」を攻撃するために作り話で利用されること、会社という生活の大事な場所で、日教組への偏見や悪意を煽らんがために大々的にこのような漫画を配布され、私の大切な「本名」宣言の思い出を踏みにじられたことで私の尊厳は大きく損なわれました。
 少なくとも私にとってはこの漫画、そしてこの漫画が会社で配布されたことは、「在日」の私だけでなく私にとって大切な先生や日本人の友人とのつながりを貶めるために配布されたもの以外のなにものでもありませんでした。

 

4 教科書展示会への動員について
 

 もう一つ、私が、「いつかなんとかしないといけない」と本気で思い始めたことは、会社が行っている「教科書展示会」への動員でした。それまでは、配布物の受容とそこへの感想文や日報などでの社内での資料を受容しなければならないという「受け身」の話であったことが、「教科書展示会への参加」という、私の意思に反する行動を能動的にさせられることに進んでしまったことです。
 私は参加するはずではありませんでした。社員のみ参加する設計会議の中で提案された「教科書展示会への取り組み」に関する音声データを聞くようにとの指示メールが流れたのですが、「業務と関係がないし聴きたくない」との気持ちがあったので無視してやり過ごすことにしたからです。ですが、ある日、「車の乗合せ表」が送られてきて参加させられることになってしまったことを知り、大変驚きました。
同僚に聞くと、音声データの最後に、「参加したくない人は何時いつまでに副部長に直接言うように」と入っていたと知りました。ですが、仮にそのことを知っていたとしても、断れたかどうかは自信がありません。「必ず岸和田展示場は行くように(可能な限り他の展示場も回る)」との雰囲気が社内に出来上がっていました。 
 当初は会社の制服のままでいいという指示であったのが、いざ行く直前になって、「フジ住宅の人間とわからないように私服に着替えるように」とか、「ブルーリボン((北朝鮮拉致被害者救済活動のバッジ)を付けている方で日の丸がある分は外すように)」などといった指示が出回り、「『反日左翼』らに書き換えられないようにボールペンでアンケートを書くこと」やら、「会社が提示したマニュアルに沿ってかくように」などといった、指示のもとに展示会に行くことになりました。
 会社の業務とは全く関係ないにもかかわらず、教科書展示会期間には、毎日毎日、展示会に行きアンケートを書いてきた従業員の報告がフィードバックされ、会社で変な盛り上がりが起きているようで、とても怖くなりました。
 こんなことをさせる、させられる人達が記入したアンケートが、子どもが使う教科書に影響力をもつとしたらと考えると恐ろしくなりました。しかも、会社が、社員に提示したマニュアルには、「『日教組の先生には教えて欲しくないと近所の人も言ってます。』と書くように。」といった無茶苦茶な内容まで含まれており、そのとおりの記入を促す指示が事細かく書かれていました。
 まるで、徴兵の入口に立たされた気がして本当に怖く、個人の良識が通用しない怖さを感じました。
教科書展示会の動員が終わってから、配布された音声データを嫌々ながら確認すると、副部長が「この取り組み(教科書展示会への動員)は、日教組VSフジ住宅の愉快な仲間たちである」などといったびっくりするようなことを言っていました。いつの間に、私や同僚は、会社の上司の兵隊になっていたのか、そしてよく知らない組織を敵として戦わされることになったのか、会社の業務となんの関係があるのか…従業員みんな疑問を持たず、持てないようになってしまったのでしょうか。
 このままだと私も同じ「兵隊」の一員になってしまうと思いました。
 それ以上に、「在日」であるがゆえに黙っていることで、あの漫画の「金さん」のように、利用され消費されるのかと考えると、この会社で置かれた自身の状況をどうしたらいいか考えつくまで、配布された資料をできるだけ保管することを決心しました。資料は大量です。紙もあればCD・DVDや書籍もあります。紛失した分もあります。でも、全て会社で私たち従業員に対して配布・示されたものです

 

5 さいごに
 

 今も、ずっと配布物は続いています。今もずっと、本の配布も続いています。感想文の提出も続いています。そして配布だけでなく、同僚や上司たちは、「強制ではない」という名目のもと、会長の政治思想に基づいた資料等を受け取り、時には署名をし、ハンコを押し、アンケート記入をし、時には寄付を行い、業者さんへ働きかけなどを行なっています。
 「在日」として、女性として、親として、ただ真面目に働いて、社会や子どもや多くの人とちゃんと接したい。何より、尊厳ある「普通の労働者」としてありたいと願って、今回意を決し、助けを借りて行動することにしました。ただただ、寛容であって欲しいだけなのです。
 少なくとも、「在日」やその存在に寄り添おうとする人たちに対して、「反日」や「売国奴」のレッテルを貼り付け、嫌悪感情や排外意識を表に出してくる人にはできるだけ近寄りたくはないものです。そして、そのような悪意や排外から私自身も守られたいと思うし、私のような存在と新たな立ち位置で寛容とつながりを拒否しない関係を大切に育もうとする人の想いを守りたい、守って欲しいと思っています。

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