この意見書は、英訳のうえ、自由権規約委員送付送付します
自由権規約委員会への意見書
在日外国人の地方参政権問題プロジェクトチーム
第1 意見の趣旨
国連自由権規約委員会(以下「貴会」といいます。)における第7回日本政府審査において,貴会から日本政府に対して,次のとおりの勧告をされたく意見を述べる。
1 特別永住者について,地方公共団体の議会の議員及び長並びに国会議員についての選挙
権・被選挙権を付与すること
2 上記に向けた具体的な議論を国会内で行うこと
第2 意見の理由
1 特別永住者について
特別永住者とは,旧植民地(朝鮮半島及び台湾)出身者及びその子孫であって,特別の永
住許可の資格を持つ者である。
旧植民地出身者は,第二次大戦以前は同化政策のもと日本国籍を強制される経過の中,選挙
権と被選挙権という参政権を認められていた。実際にも,1945年の終戦以前には,38
3人の日本に在住する朝鮮半島出身者が,国会議員選挙,又は,地方議会議員選挙に立候補
し,そのうち96人が当選している。
ところが,日本政府は,終戦後すぐ1945年12月,旧植民地出身者が法的には日本国
民であるのにもかかわらず,戸籍法の適用を受けない者の参政権(選挙権,被選挙権)を
「当分ノ内停止」するという形で旧植民地出身者の参政権を剥奪し,1947年4月には外
国人登録令を公布して旧植民地出身者を当分の間外国人とみなして外国人登録による管理を
行い,1952年のサンフランシスコ講和条約の発効後の法務省民事局長通達により,旧植
民地出身者の合意なく,日本国籍を剥奪するに及んだ。
1991年11月1日に施行された「日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した
者等の出入国管理に関する特例法」は,このような一方的に日本国籍を剥奪されたという歴
史的経緯を有する旧植民地出身者に対し,「特別永住者」とする在留資格を与えた。202
0年末現在、特別永住者の数は30万4430人である。
このように,特別永住者は,元々日本国民として日本国籍を有し,戦後も日本に生活の本
拠を有し,日本社会の構成員として定住して,日本に学び,日本で働き,日本の各種の納税
義務を履行し,日本社会と地域に貢献し,日本国と地方自治体の政治,行政決定に従ってい
る。
しかしながら,特別永住者の参政権は,その歴史的経過に鑑みれば,本来であれば現在の
日本国憲法の中でも保障されてしかるべきであるが,次に述べるとおり,日本の裁判所が
「地方参政権の付与は憲法上禁止されていない」との限定的な解釈をするにとどまっている
ばかりか,立法府においても政党内部での意見集約が困難である,あるいは政争を理由とし
て,参政権付与の立法措置が整備されないままとなっているのである。
2 日本国憲法及び法律の内容と裁判所の解釈
(1)日本国憲法の定め
日本国憲法第3章は「国民の権利及び義務」を定めている。この第3章には,13条,1
4条,15条として次の規定がある。
日本国憲法13条は,「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求
に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最
大の尊重を必要とする。」と規定している。
日本国憲法14条は,「すべて国民は,法の下に平等であって,人種,信条,性別,社会
的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない。」と規定
している。
日本国憲法15条1項は,「公務員を選定し,及びこれを罷免することは,国民固有の権
利である。」と規定している。
日本国憲法第8章は,「地方自治」を定めている。この第8章には,93条2項として次
の規定がある。
日本国憲法93条2項は,「地方公共団体の長,その議会の議員及び法律の定めるその他
の吏員は,その地方公共団体の住民が,直接これを選挙する。」と規定している。
(2)日本の法律による定め
現在の日本の法律では,国政選挙ないし地方公共団体のいずれの選挙においても,その選
挙権と被選挙権は日本国民に限定され,旧植民地出身者には参政権が認められていない。
(3)裁判所の判断
日本の最高裁判所は,公務員を選定罷免する権利を保障した憲法15条1項の規定は,権
利の性質上日本国民のみをその対象とし,右規定による権利の保障は,我が国に在留する外
国人には及ばないものと解している。
もっとも、最高裁判所は,1995年,地方選挙の選挙権につき,憲法93条2項にいう
「住民」とは,地方公共団体の区域内に住所を有する日本国民を意味するものと解するのが
相当であるとしながらも,「憲法93条2項は,我が国に在留する外国人に対して地方公共
団体における選挙の権利を保障したものとはいえないが,憲法第8章の地方自治に関する規
定は,民主主義社会における地方自治の重要性を鑑み,住民の日常生活に密接な関連を有す
る公共的事務は,その地方の住民の意思に基づき,その区域の地方公共団体が処理するとし
て,政治形態を憲法上の制度として保障しようとする趣旨に出たものと解されるから,我が
国に在留する外国人の内でも永住者等であってその区域の地方公共団体と特段に密接な関係
を持つに至ったと認められるものについて,地方公共団体の公共的事務所の処理に反映させ
るべく,法律をもって地方公共団体の長,その議会の議員などに対する選挙権を付与する措
置を講ずることは憲法上禁止されているものではないと解するのが相当である。」とも判示
した。
つまり,日本の裁判所は,日本国憲法上は外国人の参政権を保障しておらず,法律によっ
て参政権を認めないことも違憲ではないと判断しているものの,逆に,地方選挙の選挙権を
認めるについて,憲法上禁止されているわけではないことを明示した。
3 参政権付与に向けた議論が進まず差別が継続していること
上記の最高裁判所の判決は,国会の立法裁量を尊重して永住者や特別永住者へ参政権を付与
しないことが違憲とまでは判断しなかったが,少なくとも地方参政権を付与する措置を講ずる
ことができる旨を国会に示唆するものであった。
ところが,1995年の最高裁判決後,自民党・社会党・さきがけの3党連立内閣の村山首
相は,前向きに幅広く議論していく必要があるとの認識を示したものの,自民党において党内
の意見集約ができなかった。
1999年に成立した自民党・自由党・公明党の連立政権の合意文書は,永住外国人に地方
選挙権を付与する法律を成立させる内容も含んでおり,特に公明党と自由党は永住外国人の地
方選挙権保障に熱心であったが,自民党において党内調整ができず,公明党と自由党だけで
(外国人登録証に国籍名がない朝鮮籍者・無国籍者を除く)永住外国人の地方選挙権法案を提
出したが,その後自由党が政権を離脱したため,実質的な審議は進まなかった。
2009年から民主党・社民党・国民新党の連立政権が成立し,民主党の『政策INDEX』の
中には,定住外国人の地方参政権の早期実現が掲げられていたが,連立与党の国民新党がこの
問題に反対し,2010年の参議院選挙で大幅な過半数割れを招くと,一気に機運がしぼみ,
以降,議論そのものが進まない状況にある。
このように,日本においては,最高裁判所の判決で示唆された,永住者や特別永住者へ地方
参政権の付与すら議論が進まず,結果として実現されない状況にある。これは,立法の不作為
による特別永住者への差別の継続といえる。
4 市民的及び政治的権利に関する国際規約25条に反すること
ところで,何人を市民とするかは原則として国家の決めるべき事項とされているが,市民で
あることが明らかな者についてまで,この原則をつらぬくべきではない。
そして,上記に論述したとおり,特別永住者は,市民たる資格を有しているのであり,そう
であるにもかかわらず特別永住者へ参政権を付与しないことは,市民的及び政治的権利に関す
る国際規約第2条の禁止する「national origin」による差別に該当し,同差別に基づき選挙及び
公務への参与を認めないものとして同25条に反する。
5 市民的及び政治的権利に関する国際規約第2条1項および26条に違反すること
また,仮に特別永住者が市民に該当しないとしても,日本国が旧植民地出身者である特別永
住者の国籍と参政権を一方的に剥奪した行為は,「national origin」による差別あるいは,
「national origin」を理由とした国籍喪失として,市民的及び政治的権利に関する国際規約第
2条1項及び第26条に違反する。
6 人種差別撤廃条約1条に違反すること
日本国が旧植民地出身者である特別永住者の国籍と参政権を一方的に剥奪した行為は、人種
差別撤廃条約1条が禁止する人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあ
らゆる区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆ
る公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使する
ことを妨げ又は害する目的又は効果を有するものに該当する。
7 勧告について
1991年にソビエト連邦から独立したラトヴィアにおいては,ソビエトに占領される19
40年6月17日までに入国していた者とその直系子孫を除く多くのロシア語系住民に新たな
国籍が認められなかった。この点,人種差別撤廃委員会は,2018年のラトヴィア政府の定
期報告書に対する総括所見において,市民でない者に対する差別に関する一般的勧告30(2
004年)に留意し、「長期の永住者の外国人が地方選挙に参加することを認めるよう検討す
るように」勧告した(CERD/C/LVA/CO/6-12(25 September 2018),para.21(c))。
人種差別撤廃員会は,2018年の日本政府の定期報告書に対する総括所見において, 市民
でない者に対する差別に関する一般的勧告30(2004年)に留意し,「締約国に対し,数
世代にわたり日本に在留する韓国・朝鮮人に対し,地方参政権及び公権力の行使又は公の意思
の形成への参画にも携わる国家公務員として勤務することを認めること」を勧告した
(CERD/C/JPN/CO/10-11(26 September 2018),para.22)。
ラトヴィアや日本における市民権の剥奪の歴史的経緯において,国籍に対する権利の差別が
締約国の義務違反であることをまず認識する必要があるところ,自由権規約委員会は,200
3年のラトヴィア政府の定期報告書に対する総括所見において,国籍取得のための厳しい言語
要件への懸念が表明しただけでなく,「締約国は、ラトヴィアに長期に居住している外国人に
地方選挙への選挙権を認めることにより、統合過程を容易にすること」を勧告している
(CCPR/CO/79/LVA(1 December 2013),para.18)。
上記のとおり、人種差別撤廃委員会からはラトヴィアのみならず日本に対しても勧告がなさ
れている。日本政府の行為が「national origin」による差別あるいは,「national origin」を理
由とした国籍喪失として,市民的及び政治的権利に関する国際規約に反するものである以上,
自由権規約委員会からも勧告がなされるべきである。
8 差別が永続しかねない現状
特別永住者には,参政権が一切付与されていないところ,その子孫もまた仮に4世,5世,
6世と代を経ても外国人のままであり,どれだけ長く日本に居住しようとも参政権が付与され
ず,このような差別は永続することになりかねない。
なぜなら,日本の国籍法は,血統主義を採っており,いくら何世代にわたって日本に居住し
ようとも,居住の事実だけでは日本国籍を取得できないからである。特別永住者は,元々日本
国籍を有していたにもかかわらず,その民族的な出身地を理由として日本政府によって国籍を
剥奪されたものである。そのため,二重国籍を原則として認めていない日本において,自ら日
本国籍にその国籍を変更するとなれば、自己の民族的アイデンティティーを失うこととなりか
ねない。日本における2018年の国籍取得率は、0.4%にすぎず、OECD諸国内では、
ラトビアに次いで最低の水準である(OECD, International Migration Outlook 2020 (OECD,
2020), pp. 343-4)。.
第3 事前の審査における質問事項
1 日本の第7回政府報告に関する事前質問とその回答
(1)貴委員会の質問内容
貴委員会は,日本国に対し次の質問をおこなった。
締約国(日本)は,韓国・朝鮮人等,日本の過去の植民地出身者を含め,永住権を取得し
た外国籍者に対し,地方参政権の付与を検討しているのか説明されたい。
(2)日本の回答
上記質問に対する日本の回答は次のとおりである。
1995年2月の最高裁判決において,
・憲法第15条第1項(公務員選定罷免権)の規定は,権利の性質上日本国民のみを対象と
し,その権利の保障は在留外国人には及ばない
・憲法第93条第2項(地方公共団体の機関の直接選挙)にいう「地方公共団体の住民」と
は,地方公共団体の区域内に住所を有する日本国民を意味し,在留外国人に対し地方選挙
権を保障したものとはいえない。
とされた。
なお,同判決においては,一定の外国人への地方選挙権付与が,憲法上禁止されているも
のではないとの考え方も示されている。(別添資料14(1)及び(2)参照)
永住外国人に対する地方参政権付与の問題は,我が国民主主義の根幹にかかわる重要な問題
でもあり,国会等での議論の行方に十分注意を払っていきたい。
(3)上記の日本の回答について
上記の日本の回答は,単に自国の判例を紹介するものにとどまり,実質において,質問に
対する答えとなっていない。
また,上記に論証したとおり,最高裁判決の存在によって,その後地方参政権の付与の検
討をしないことが正当化されるものでもない。
そこで,勧告を実のあるものとすべく,日本の外国人に対する参政権付与の検討状況及び
認識について,具体的な回答を求める質問をすべきである。
2 日本国への質問
貴委員会においては,上記の勧告に際し,勧告の前提として次の質問を日本へしていただ
きたい。
(1)特別永住者について,居住実態、税金や社会サービスについて,日本国民とどのような
差異があるか。
(2)多くの特別永住者が、何世代にもわたって、選挙権や被選挙権が行使できない現状に問
題はないのか。
(3)日本に住む旧植民地出身者とその子孫が、国籍の選択権を認められず、日本国籍を剥奪
されたことに問題はないのか。
(4)たとえば、 朝鮮の独立に伴う国籍の変動については、住所の有無を標準として考えるよ
りは、朝鮮人という種族ないし民族を標準として国籍の帰属を定めるのが適当であると
の考えによるのか。
(5)旧植民地出身者とその子孫である特別永住者が、朝鮮戸籍や台湾戸籍を理由に、日本国
籍を喪失し、不利益な取り扱いを受けることは、市民的及び政治的権利に関する国際規
約第26条の規定するnational originに基づく差別に該当しないのか。
(6)市民的及び政治的権利に関する国際規約第25条の規定するEvery citizenに、特別永住
者が入っていないのは、朝鮮戸籍や台湾戸籍といったnational originに基づく差別の結
果ではないのか。
以上